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或時戸沢は公事を以て旅行した。物書ものかき松本甲子蔵まつもときねぞうがこれに随したがっていた。駕籠かごの中うちに坐した戸沢が、ふと側かたわらを歩く松本を見ると、草鞋わらじの緒が足背そくはいを破って、鮮血が流れていた。戸沢は急に一行を止とどまらせて、大声に「甲子蔵」と呼んだ。「はっ」といって松本は轎扉きょうひに近づいた。戸沢は「ちと内用ないようがあるから遠慮いたせ」といって、供のものを遠とおざけ、松本に草鞋わらじを脱がせて、強いて轎中に坐せしめ、自ら松本の草鞋を著つけ、さて轎丁を呼んで舁かいて行かせたそうである。これは松本が保さんに話した事で、保さんはまた戸沢とその弟星野伝六郎とをも識しっていた。戸沢の子米太郎よねたろう、星野の子金蔵きんぞうの二人はかつて保さんの教おしえを受けたことがある。
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